2015年9月11日に封切りとなった映画「90 minutes in Heaven (天国での90分)」をご紹介したいと思います。
1989年1月18日、ドン・パイパー牧師(当時38歳) は、聖職者のカンファランスに参加して帰宅途中に大事故にあった。彼はその水曜の晩は教会でメッセージを語ることになっていた。 ドン・パイパー牧師は、カンファランス会場を出て10分後、リビングストン湖にかかる橋を車で走っていた。トレーラーが反対側から走ってきて、彼のフォードの車に突っ込み、正面衝突した。パイパー牧師は、4組の救急救命士らによって死亡が確認された。彼は即死であった。 この事故の直後、ディック・ワンレッカー牧師(同じカンファランスに参加していた)が現場に到着し、事故にあった人のために祈ってよいかと尋ねた。警察官は、いいえ、シートがかけられている人は死亡していますと言った。 しかし、ワンレッカー牧師はその人のために祈りたいと執拗に願い続け、許可を得たが、遺体はひどく損傷し、押しつぶされていると警告された。 実は、ワンレッカー牧師は、主に赤い車の中の人のために祈りなさいと強い促しを受けていた。主はワンレッカー牧師に特に、頭と内臓の障害がないように祈りなさいと祈りを促された。 (同時に、教会でもパイパー牧師の車の事故とケガ(死亡とは知らされてなかった)を知らされ、祈っていた。) ワンレッカー牧師が祈っている間、ドン・パイパー牧師は天国の栄光を体験していた。天国の門に着くと、そこを去り、地上に意識を戻した瞬間、パイパー牧師は、ワンレッカー牧師と一緒に「慈しみ深い友なるイエス」を歌っていた。ワンレッカー牧師は、「死人が歌っている!」と叫んだが、救急救命士らは、遺体を確認したと信じてもらえなかった。 しかし、パイパー牧師は生き返った後、長いケガからの回復への道のりがあった。 耳、口、目、鼻から血が出ていて、脳障害のサインがあったのに、奇跡的に脳も内臓のケガもなかった。これは祈りによって癒されたと、パイパー牧師は信じている。 しかし、「痛みが私の絶え間ない友になった」とパイパー牧師は思い出し、語った。治療と身体障害のため100日以上を病院で過ごし、現在に至るまで34回の手術を受けた。今、彼が歩くことができるのは奇跡以外の何ものでもない。 「私は今でも時々、どうして私を天国にとどまらせてくださらなかったのかと神に尋ねます。その質問には答えがありません。 しかし、私の人生に、私を必要とする人たち、あるいは私のメッセージを聞く必要のある人たちが導かれるのが分かりました。」とドン・パイパー牧師は語る。 パイパー牧師は橋を車で走っていて、次の瞬間、天国に立っていたのを覚えている。天国に行くまで、トンネルもなく、移行する時間もなく、一瞬のうちに天国の門のところ、天使によって運ばれた。 「そこ(天国)は完全でした。何の必要もなく、何の必要もおこらないのが分かりました。その光、触感、包み込まれるような受容、美しさ、色合い、音色は、これまで見てきた何ものも超越したものでした。」と語る。 「先に天に行った人たちとの挨拶と再会から、何千もの天使の羽のはばたく音、無数の音色。天国は、五感にとってファーストクラスのビュッフェのようでした。私がこれまで体験してきたものよりも、もっと現実であると感じました。」 天国への短い旅以来、パイパー牧師は何度もその素晴らしい場所を思ってきた。 「天の都に戻りたいという切望を感じない日は一日たりともありません。そこでは全く完全な音楽を聞き、全き内なる平安がありました。」 事故以来、パイパー牧師の視野は、天国を含め多くの事柄において変化したと言う。彼は聖書にある天国のことを読んでいたし、そのことについての説教も聞いてきたが、彼が天国を体験した時、すべてが変化した。 「天国は私にとって可能性ではなくなり、現実となりました。この地上にある今の人生よりも、天国が私の今の現実です。」とパイパー牧師は言う。 彼の家族や友人らとの地上の生活を愛しているが、事故以来、天国の現実により近く生きている。 「天国の門にいる機会を与えられたことは本当に祝福です。私の人生に深くインパクトを与えた、驚くべき贈り物でした。そして、今日も同様な強烈さで私にインパクト与え続けています。」 <その他のインタビュー番組より、ドン・パイパー牧師のコメント> 事故から1年半、天国のことは誰にも語らなかった。個人的な体験であり、どのように表現したらよいかもわからず、自分の聖なる秘密であった。 私はそれまで臨死体験した人たちの話については懐疑的で、空想だと思っていた。 天国で最初にあったのは、祖父。「Welcome home, Don.(ドン、お帰りなさい」と言われた。 先に天に行った、家族、高校の時に亡くなった友人、自分をキリストに導いてくれた人たち、多くの人たちが、私が天に来ることを知って、挨拶に来ていたようだった。 私たちは主の食卓で共に食事をし、共に歌い、聖徒の交わりがあり、エキサイティングな場所であり、活動的な所だ。 若い人はもっと大人に見え、年配の人はもっと若く見えた。年齢がなく、完全に成熟した人、完璧な人だった。 音楽は何千もの曲が聞こえるが、混沌としたものでなく、調和があって、神に向かっての音楽で、神への賛美で、栄光にあふれたものだった。 天国の門がいくつもあった。門は真珠でできていて、門に近づくほど明るく輝き、門の中に入るともっと明るく、地上には無い色合いだった。門の中には黄金の通りがあって、ゆるやかに登り坂になっていて遠くの一番高い所には、それまで見た光よりももっと明るい光があった。そこに神様が座しておられたのだと思う。皆が自分を先に行かせてくれて、通りを歩き出そうとした時、「慈しみ深い友なるイエスは、、、」の賛美歌が聞こえてきた。その時が地上に戻った時だった。 天国は神の御臨在の中に永遠に神と交わることのできるところで、私たちはそのためにつくられた。 痛みもなく、疲れることもなく、心配することもない。 その御臨在が、一時休止して、暗闇と痛みの中に戻った。とりなしの祈りによって、神がまだ私の時ではないとされたのだ。 ある人たちは、私が聖書を読んでいるから、そのように想像したのだと言うが、私が天で体験したことは、私が天国について読んで知っていることを超えた現実であった。自分が予想もしなかったことを体験した。 会うとは思ってなかった人たちに会った。 しかし、これは信仰の問題でもあって、もしあなたがイエスの現実について受け取っていないなら、天国の現実も受け取れない。私はイエスを知っていたから、トラックにぶつかった時、天国に行った。私は「道」を知っていた。イエスは道です。 (90 Minutes in Heaven(天国での90分)の映画の予告編) <参照記事・ビデオ> http://www.cbn.com/700club/guests/bios/don_piper022411.aspx https://www.youtube.com/watch?v=7TYjVjWK3S0 https://www.youtube.com/watch?v=N-Lxx5qn0m4
by info_tlccc-ny
| 2015-09-23 04:15
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