宗教の自由の法(Religious Freedom Law)

ミシシッピー州とノース・カロライナ州にて、宗教の自由の法に基づいて新たな法律が可決されたが、そのために両州は、何人もの政治家や企業や著名人らによって強く非難されている。
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ミシシッピー州の州知事が可決した法律とは、教会および婚礼屋が、同性婚の結婚式を執り行うことを強制されないとしたもの。

また、ノース・カロライナ州では、公けのトイレの使用について、生物上の性によって区別されるとした法律。

これらの法律は、差別であると、同性愛者LGBTグループは法律を覆そうとしている。

ノース・カロライナ州でコンサートを予定していた、ブルース・スプリングステイーンは、このトイレ法が可決されると、抗議してコンサートをキャンセルした。

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# by info_tlccc-ny | 2016-04-08 10:23

「迫害に備えよ」-ビリー・グラハム師がアメリカへ警鐘

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ビリー・グラハム牧師(96)による「迫害に備えよ」と題した文章(英語)が最近、ビリー・グラハム伝道協会(BGEA)の公式サイトで公開された。

世界的な伝道者として知られ、BGEAの創設者でもあるグラハム牧師によるこの文章は、10月22日にBGEAの公式サイトに掲載された。文章自体は1957年に執筆されたものだが、「今日、その言葉は今まで以上に真実味をもって響く」として、BGEAの機関紙『ディシジョン』11月号に再掲載されたものだ。

グラハム牧師はこの文章の中で、米国の教会は迫害になじみがないと述べ、「総じてこの国は窮乏を知りません。犠牲が何かを知りません。苦しみが何かを知りません。他の国にあるように、米国の教会に迫害が来ることを想像してみてください」と問い掛けている。そして、「私たちはこの国で宗教的な迫害をほとんど経験していないので、圧力がかかれば、多くの人がキリストを否定するかもしれません。信仰を最も大きな声で叫ぶ人々が、最も早く屈服するでしょう」と述べている。

その上でグラハム牧師は、「その日にも固く立てるようにあなたを守る5つの方法」のリストをつづった。その5つとは、神との関係を確実にすること、神と共に歩むこと、定期的に聖書を読むこと、いつも祈ること、キリストについての静思の時を持つことだ。

「今日、この国は地上で最も大きな権力を持つ国とされています。しかし、もし私たちが全能の神の代わりに武力に信頼を置くなら、その対立は恐らく、私たちに不利に働くでしょう」とグラハム牧師は述べ、「歴史と聖書は、技術や物質の力は、大きな危機の際には無力だと語っています」と指摘した。

何年もの間、特に社会的に保守の立場にある人たちは、米国が徐々にキリスト教を軽んじていると論じてきた。彼らは公有財産にある降誕の情景や十戒に対する検閲、またメディアが世俗主義に傾いていることを指摘している。

f0230587_13354373.jpg グラハム牧師の息子であるフランクリン・グラハム牧師もここ数年、米国内でキリスト教徒に対する敵意が強まっていることを公然と批判している。

10月初旬には、オレゴン州ローズバーグのアンプクア・コミュニティー・カレッジでの銃撃事件について、自身の見解をフェイスブックに投稿した。
この事件では、クリス・ハーパー・マーサー容疑者が学生に発砲し、9人を殺害、7人を負傷させた上、自殺した。当初の報道では、マーサー容疑者はキリスト教徒の学生を特に標的としたと報じられた。

フランクリン牧師は、「迫害やクリスチャンを標的とするのは、イランや中東地域だけの問題ではなく、現にここ米国にもあるのです」と指摘。「アンプクア・コミュニティー・カレッジで、立ち上がり自分をイエス・キリストに従う者だと述べた力強い魂は、何の憐(あわ)れみもなく野蛮にも銃に倒れました。イエスは、『世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい 』(ヨハネ15:18)と語りました」などと述べていた。

※この記事はクリスチャンポストの記事を翻訳・編集したものです。

(CHRISTIAN TODAY http://www.christiantoday.co.jp/articles/17489/20151104/billy-graham-warning-persecution-us.htm より転載)
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# by info_tlccc-ny | 2015-11-05 13:15

ネタニヤフ首相の演説(国連総会にて)

ニューヨークで国連総会会期中、たまたまテレビをつけたところ、生中継のイスラエルのネタニヤフ首相の演説を聞くことが出来ました。
演説の途中からですが、興味深かったので、以下にご紹介します。
ところどころ聞き取れたところで、ごく一部ですので、ご了承ください。
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たとえ国連の決議がどうであれ、イスラエルは、イスラエル国家と国民を守るためにはします。
非武装したパレスチナ国家と別にユダヤ人国家を認めてください。
国連は、イスラエルが平和を前進させるのを助けてください。

<イラン等に対して>イスラエルを滅ぼそうとする、あなたの計画は失敗します!
イスラエルを抹消しようとする敵に対して、イスラエルが受身のままであるという時代は終わりました。

ダビテ王はイスラエルの首都をつくり、ソロモン王はその山に神殿を建てました。神殿の丘は、ユダヤ教徒、イスラエル教徒、キリスト教徒が自由に礼拝する場所として、イスラエルは安全を守ることができるのです。

イスラエルとアメリカの同盟は揺るがないものです。この同盟に感謝しています。膨大な敵に立ち向かう助けをしてください。 アメリカとは核取引については意見が一致していませんが、共通の平和を守るためにことにおいてはアメリカと意見が一致しています。

イスラエルは世界の被災した国々で支援活動や緊急援助をしてきました。
イスラエルは、ソフトウエア、農業、医療など様々の分野において世界に貢献してきました。

国連は、毎年、イスラエルを非難することが恒例になっているが、イスラエルを支持してください。 それは、イスラエルを守るだけでなく、あなたがたを守ることになるのです。」

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 国連の各国代表のシラっーとした雰囲気の中で、イスラエルを擁護してほしいと力を込めて語っておられました。
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(先日、パレスチナ国家の旗が国連に掲げられた時の映像と並べて、演説中のネタニヤフ首相)
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# by info_tlccc-ny | 2015-10-01 02:06

天国での90分(90 Minutes in Heaven)

f0230587_495915.jpg2015年9月11日に封切りとなった映画「90 minutes in Heaven (天国での90分)」をご紹介したいと思います。

1989年1月18日、ドン・パイパー牧師(当時38歳) は、聖職者のカンファランスに参加して帰宅途中に大事故にあった。彼はその水曜の晩は教会でメッセージを語ることになっていた。


ドン・パイパー牧師は、カンファランス会場を出て10分後、リビングストン湖にかかる橋を車で走っていた。トレーラーが反対側から走ってきて、彼のフォードの車に突っ込み、正面衝突した。パイパー牧師は、4組の救急救命士らによって死亡が確認された。彼は即死であった。

この事故の直後、ディック・ワンレッカー牧師(同じカンファランスに参加していた)が現場に到着し、事故にあった人のために祈ってよいかと尋ねた。警察官は、いいえ、シートがかけられている人は死亡していますと言った。
しかし、ワンレッカー牧師はその人のために祈りたいと執拗に願い続け、許可を得たが、遺体はひどく損傷し、押しつぶされていると警告された。

実は、ワンレッカー牧師は、主に赤い車の中の人のために祈りなさいと強い促しを受けていた。主はワンレッカー牧師に特に、頭と内臓の障害がないように祈りなさいと祈りを促された。
(同時に、教会でもパイパー牧師の車の事故とケガ(死亡とは知らされてなかった)を知らされ、祈っていた。)

ワンレッカー牧師が祈っている間、ドン・パイパー牧師は天国の栄光を体験していた。天国の門に着くと、そこを去り、地上に意識を戻した瞬間、パイパー牧師は、ワンレッカー牧師と一緒に「慈しみ深い友なるイエス」を歌っていた。ワンレッカー牧師は、「死人が歌っている!」と叫んだが、救急救命士らは、遺体を確認したと信じてもらえなかった。

しかし、パイパー牧師は生き返った後、長いケガからの回復への道のりがあった。
耳、口、目、鼻から血が出ていて、脳障害のサインがあったのに、奇跡的に脳も内臓のケガもなかった。これは祈りによって癒されたと、パイパー牧師は信じている。
しかし、「痛みが私の絶え間ない友になった」とパイパー牧師は思い出し、語った。治療と身体障害のため100日以上を病院で過ごし、現在に至るまで34回の手術を受けた。今、彼が歩くことができるのは奇跡以外の何ものでもない。

「私は今でも時々、どうして私を天国にとどまらせてくださらなかったのかと神に尋ねます。その質問には答えがありません。
しかし、私の人生に、私を必要とする人たち、あるいは私のメッセージを聞く必要のある人たちが導かれるのが分かりました。」とドン・パイパー牧師は語る。

パイパー牧師は橋を車で走っていて、次の瞬間、天国に立っていたのを覚えている。天国に行くまで、トンネルもなく、移行する時間もなく、一瞬のうちに天国の門のところ、天使によって運ばれた。

「そこ(天国)は完全でした。何の必要もなく、何の必要もおこらないのが分かりました。その光、触感、包み込まれるような受容、美しさ、色合い、音色は、これまで見てきた何ものも超越したものでした。」と語る。
「先に天に行った人たちとの挨拶と再会から、何千もの天使の羽のはばたく音、無数の音色。天国は、五感にとってファーストクラスのビュッフェのようでした。私がこれまで体験してきたものよりも、もっと現実であると感じました。」

天国への短い旅以来、パイパー牧師は何度もその素晴らしい場所を思ってきた。
「天の都に戻りたいという切望を感じない日は一日たりともありません。そこでは全く完全な音楽を聞き、全き内なる平安がありました。」

事故以来、パイパー牧師の視野は、天国を含め多くの事柄において変化したと言う。彼は聖書にある天国のことを読んでいたし、そのことについての説教も聞いてきたが、彼が天国を体験した時、すべてが変化した。
「天国は私にとって可能性ではなくなり、現実となりました。この地上にある今の人生よりも、天国が私の今の現実です。」とパイパー牧師は言う。
彼の家族や友人らとの地上の生活を愛しているが、事故以来、天国の現実により近く生きている。
「天国の門にいる機会を与えられたことは本当に祝福です。私の人生に深くインパクトを与えた、驚くべき贈り物でした。そして、今日も同様な強烈さで私にインパクト与え続けています。」

<その他のインタビュー番組より、ドン・パイパー牧師のコメント>

事故から1年半、天国のことは誰にも語らなかった。個人的な体験であり、どのように表現したらよいかもわからず、自分の聖なる秘密であった。
私はそれまで臨死体験した人たちの話については懐疑的で、空想だと思っていた。

天国で最初にあったのは、祖父。「Welcome home, Don.(ドン、お帰りなさい」と言われた。
先に天に行った、家族、高校の時に亡くなった友人、自分をキリストに導いてくれた人たち、多くの人たちが、私が天に来ることを知って、挨拶に来ていたようだった。

私たちは主の食卓で共に食事をし、共に歌い、聖徒の交わりがあり、エキサイティングな場所であり、活動的な所だ。

若い人はもっと大人に見え、年配の人はもっと若く見えた。年齢がなく、完全に成熟した人、完璧な人だった。

音楽は何千もの曲が聞こえるが、混沌としたものでなく、調和があって、神に向かっての音楽で、神への賛美で、栄光にあふれたものだった。

天国の門がいくつもあった。門は真珠でできていて、門に近づくほど明るく輝き、門の中に入るともっと明るく、地上には無い色合いだった。門の中には黄金の通りがあって、ゆるやかに登り坂になっていて遠くの一番高い所には、それまで見た光よりももっと明るい光があった。そこに神様が座しておられたのだと思う。皆が自分を先に行かせてくれて、通りを歩き出そうとした時、「慈しみ深い友なるイエスは、、、」の賛美歌が聞こえてきた。その時が地上に戻った時だった。
天国は神の御臨在の中に永遠に神と交わることのできるところで、私たちはそのためにつくられた。
痛みもなく、疲れることもなく、心配することもない。
その御臨在が、一時休止して、暗闇と痛みの中に戻った。とりなしの祈りによって、神がまだ私の時ではないとされたのだ。

ある人たちは、私が聖書を読んでいるから、そのように想像したのだと言うが、私が天で体験したことは、私が天国について読んで知っていることを超えた現実であった。自分が予想もしなかったことを体験した。
会うとは思ってなかった人たちに会った。

しかし、これは信仰の問題でもあって、もしあなたがイエスの現実について受け取っていないなら、天国の現実も受け取れない。私はイエスを知っていたから、トラックにぶつかった時、天国に行った。私は「道」を知っていた。イエスは道です。


(90 Minutes in Heaven(天国での90分)の映画の予告編)

<参照記事・ビデオ>
http://www.cbn.com/700club/guests/bios/don_piper022411.aspx
https://www.youtube.com/watch?v=7TYjVjWK3S0
https://www.youtube.com/watch?v=N-Lxx5qn0m4
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# by info_tlccc-ny | 2015-09-23 04:15

記念切手-行方不明の子供たちのために

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この記念切手は、5月18日に発売されました。 
忘れな草の花束の右脇に、一つだけ花が離れて置かれているデザインに、「行方不明の子供たちを見つけるのを助けてください」と書かれています。

忘れな草は、「国際的な、行方不明の子供たちの日」のシンボルで、5月25日にあたり、全国行方不明の子供たちの日も同じ日です。

行方不明の子供たちを持ち、捜索し続けている、ご家族を支援し、希望を与える手段をと、広く一般に知ってもらおうとの試みです。

2014年アメリカでは、46万人以上の子供たちが行方不明となり、捜索願いが出されているとのことです。 また、高まる一般の関心やテクノロジー等の様々な方策、捜索訓練によって、これまで以上に子供たちが家に戻されるようになったそうです。

行方不明の子供たちが見つけられ、ご家族の元に戻されますように、弱い立場の子供たちがこの終わりの時代、守られますように、また、孤児院の働きについても祈り続けたいと思います。
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# by info_tlccc-ny | 2015-05-22 00:26

天国からの奇跡 (Miracle from Heaven)

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(9歳のアナベル、入院中の時)

2011年、アナベル・ウイルソン・ビームが9歳の時、家のそばの木に登って、すべり、30フィート(約9メートル)転落して生きのびた。意識を失っている間に天国でイエス様のひざに座ったと言う。彼女の体験と驚くべき癒しについて書かれた「天国からの奇跡」と題する新しい本が発刊されている。

その事件は2011年12月に、アナベルが二人の姉妹とテキサスの家の外で遊んでいたときに起きた。ハコ柳の木に登っていて枝が折れ、木のくぼみに落ちてしまった。
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(アナベルが登って転落したハコヤナギの木)

アナベルは病院に連れて行かれ、そこでは脳と背骨の怪我対策チームが彼女が到着するのを待っていた。しかし、医師も驚いたことに、軽い打ち傷と切り傷以外に全く怪我をしていなかった。

アナベルは5歳のときに不治の病と診断された。偽障害運動性障害と洞性低運動性障害 という、消化器系障害 の治療のため、何年も病院を出たり入ったりし、子供時代の大部分、絶えず痛みのうちにあった。母親には「死んで、天国に行ってイエス様と一緒に生きたい」とさえ語っていた。しかし、その転落の事故以来、その消化器系障害の病の症状が止まってしまった。

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(← 記念に十字架が彫られた)

この事件の数日後、アナベルは両親に天国での出会いについて話した。「私は天国を見たの。本当に明るかった。何年か前に死んだミミに会ったの。だから、自分が天国にいるとわかった。私はイエス様のひざに座ってたの。」と。
さらに、自分の「守護天使」を見たと語り、イエス様の容貌については「イエス様は美しく長い白い服を着て、肌の色は浅黒く、サンタクロースではないけど、そのような大きなひげがあった。」

母親は、娘が自分をだましているとは思わないと語った。
「娘はメロドラマには興味はない子です。彼女が木の内側にいる間、体験したことの中には、天国の門が金(ゴールド)でできていて、イエス様が娘に、今は時ではない、と言ったそうです。」

12歳になったアナベルは、こう語った。「私は癒されたと信じます。なぜなら・・私がイエス様に一緒にいてもいいですかと尋ねると、『いいえ、アナベル、わたしはあなたに地上で計画を持っている。それは天国で果たせないものだ。・・・わたしがあなたを送り返す時、あなたには悪いところはなくなります。』と言われました。」

その事故以来、アナベルはこれまでの消化器系障害で入院することはなくなった。そのことは医者を困惑させた。母親のクリスティーは、アナベルは現在、病気の症状がなく、何の治療も受けてないと言う。
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(現在のアナベル、右から二番目、その家族)



<以下の参照サイトより要約>
http://www.mirror.co.uk/news/real-life-stories/i-sat-jesus-lap-9-year-old-5516361

http://insider.foxnews.com/2015/04/14/miracles-heaven-near-fatal-fall-cures-sick-little-girls-symptoms
http://www.christianpost.com/news/12-year-old-girl-claims-she-sat-on-jesus-lap-in-heaven-following-30-foot-fall-describes-his-appearance-137463/
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# by info_tlccc-ny | 2015-04-19 09:56

NY公立学校のクリスチャン差別

f0230587_06309.jpg ニューヨーク、ロングアイランドにある、Ward Merville Hight School、公立の高校は、クリスチャンのコミュニティー奉仕のクラブの結成を認めませんでした。

Liberty Institute (クリスチャンの主張を法律上弁護する団体)の要求によって、昨年、この高校は、信仰に基づくクラブの禁止決定を取り消しました。

しかし、今年になって、再び、クリスチャンのクラブの存続を認めませんでした。

Liberty Instituteは、公共の学校は、宗教のクラブに対して差別をつけてはいけない、キャンパス内の他のクラブと同様に扱わなければらないと、述べています。

Ward Merville Hight School側は、最低のメンバーの人員がいないこと、学校地区はそのクラブの支援金がない、と主張しています。

それに対し、Liberty Instituteは、学校はフィッシングのクラブから、陶器クラブまで、あらゆるクラブがあり、ゲイを応援する同盟まである、と指摘しています。
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# by info_tlccc-ny | 2014-10-09 00:04

NY発祥の地:サウス・ストリート・シーポート・ミュージーアム(South Street Seaport Musuem)

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ローワーマンハッタン(マンハッタン島の南側)にやって来ました。 ローワーマンハッタンに行くと、9・11のテロ以降グラウンドゼロに建てられた、ワールド・トレーディング・センタービル1が、たいていどこからもそびえ立っているのを見ることができます。
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さて、今日のお目当ては、というか、たまたま迷い込んだ場所は、サウス・ストリート・シーポート・ミュージーアムです。 ミュージーアムと言っても、一つの建物の中に展示物が陳列されているのではなく、この一角全体がミュージーアムになっています。
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その入り口にあたる場所に、小さな灯台が立っています。 これはただの灯台ではなく、ディカプリオ主演「タイタニック」という映画にもなった、タイタニック船の沈没時にニーヨークのイースト・リバーのほうに立っていた灯台だそうです。1912年4月ニューヨーク・シティに向かうイギリスの旅客船タイタニック。 その当時の灯台をこの場所に追悼の碑として移動してきたそうです。
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このポート(港)の歴史は古く、1611年オランダの商人たちによって開かれました。そして19世紀の半ば、帆船が蒸気機関にとってかわるまで、ここは各大陸を結ぶ東部の最大の港の一つでした。
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19世紀初頭の古い建物が残っています。外見の看板はかつてもので、中には新しいお店が入っているところがいくつもありました。
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ちなみに、ヨーロッパ人による移住は1613年にローワーマンハッタンのオランダの毛皮貿易の発展によって拡大し、1625年にはマンハッタン島の南がニューアムステルダムと呼ばれるようになりました。

イギリスが入植し始め、1664年にイギリス国王ジェームズ2世はニューヨークと名付け、初代ニューヨーク市長に選出しました。その後、オランダはニューアムステルダム(ニューヨーク)の自治権をイギリスに明け渡しました。
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なお、ニュージャージー州とローワーマンハッタンを結ぶ、ホーランド・トンネルですが、だれかがこれはかつてのオランダ入植にちなんで、その名前がつけられたと言っていました。 なるほどと思いますが、これは、ホーランドという建築家の名前で、20世紀初頭、川の下を通る高速トンネルとして画期的な建築として完成しました。

なにはともあれ、たまたま迷い込んだ場所は、ニューヨーク発祥の地でもありました ♪
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# by info_tlccc-ny | 2014-09-03 09:44

9/11メモリアル博物館(9/11 Memorial Musuem)

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9/11記念博物館の開館式が、2014年5月15日に行なわれました。
崩壊したツインタワーの跡地には巨大水槽がつくられ、犠牲者の方々のお名前が水槽の周りに彫られていますが、そのすぐ脇に博物館が建てられました(↑ 写真)。
その見取り図は下記の通りです。 
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総事業費約7億ドルのうち、ニューヨークのブルームバーグ前市長が私財約1500万ドルを投じられたそうです。 また、博物館を運営するため年約6000万ドル、セキュリティだけで年約1000万ドルかかるそうです。f0230587_2252773.jpg


博物館の中には、犠牲者等の約2万枚の写真、遺品、建物や消防車の残骸など当時のものが展示されています。


これから1週間は24時間、遺族の方々のため公開され、一般には5月21日から公開されます(一般の入場料大人24ドル)。 この一ヶ月、すでに2万枚の入場券が購入されているそうです。

(写真は:http://inhabitat.com/nyc/より)
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# by info_tlccc-ny | 2014-05-15 02:41

B&H - 安息日の土曜は閉店

マンハッタンの9番街、中央郵便局とマジソンスクエアガーデンの近くにある、B&Hという、カメラ、ビデオ、オーディオ機器のお店をご紹介します。
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何よりも店内を驚いて見回したのは、店員さんのほとんどが、ユダヤ系の方々だったことです。 キッパをかぶっていたり、独特の黒装束に黒のシルクハットをかぶっていたり、もみあげが長くカールしていたり、とすぐに分かりました。 
しかも、ユダヤ教の安息日である土曜は、閉店しています!
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そして店員さんのスマ~イル!ニューヨークでは、そっけない店員さんが多いですが、ここのお店の方々は皆、スマイルで歓迎してくれて、親切でした。その点だけは、ちょっと日本でショッピングしている感覚を思い出します。

そして、それほど敷地面積はないのに、これだけの数の充実した商品を置き、丁寧な顧客対応が目をひきました。注文カウンター、サポート・カウンター、支払いカウンター、商品受取カウンターに分かれています。天井にベルトコンベアーのようなものが走っていますが、これは注文商品が、商品受取カウンターへ送られているのです。このように有効なスペース作り、顧客の流れがスムーズに行なわれるような方策がとられています。
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私たちが購入した機器は、アマゾンで買うよりも、安く買えました。オーディオ関係に関心のある方、お勧めです。
また、ニューヨークは、イスラエルに次いでユダヤ人人口が多いという、縮図を見れるようなお店です♪
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# by info_tlccc-ny | 2014-05-07 01:24